書家の写真2 ∞ 八戸香太郎

NYと札幌から配信中。ホームページは kotarohatch.com

日々の写真はTumblrで続けます。

た、多分、来年の春までにウェブサイト関連をまとめて大変更していく予定です。
で、いままでここで書いていた日々の写真はTumblrにしていこうかと。。
と、いうわけで、宜しければ下のリンクをクリックしてください。

http://kotarohatch.tumblr.com/

そ、そして最近は東京のアートフェア、NYの小作品展、マイアミのアートフェアと続いています。
た、体制が整っていなくても、、時間は過ぎて行くわけで。。
と、いうわけで、お知らせ関係はいままで通り、下のリンクにまとめてあります。

http://news.kotarohatch.com/

さすが芸術の秋、なのか!?
これらが終ったら12月はゆっくりと心と身体の姿勢を正そうと思っています。
いまは身も心もドクロです。。


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    we+



    ロンドン時代からの友人H達が手がけるデザインユニット「We+」から2010年バージョンのボトルが発売されたのでお知らせ。

    ボトルの中に水を入れると。。

    詳しくはこちら。
    [we+]オフィシャルウェブサイト

    Openersというウェブマガジンにも掲載されています。
    Openers

    最近仕事関係も含みロンドン時代の友人と連絡する事が多いんですが、頑張ってるなー。
    あの時はみんな学生だったもんなー。
    楽しみ楽しみ。
    いつか皆で楽しくて大きい事をやれたら良いなと思います。やります。


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      さて、パラグアイ戦も┣¨┣¨━ンと行きますよ!!

      いやー、デンマーク戦は燃えましたね!「練習で出来ない事は試合でも出来ない。だから練習が大事だ」って今まで散々言われてきましたけど、あれウソですね。だって練習試合も含めて3点なんか取った事なかったですから。。

      NYC在住の日本人が全員集結していたんではなかろうか、というくらい日本戦を放映していたスポーツバーは満員でした。平日の昼間になぜ?という疑問は拭えませんが。。



      その時は気分も良かったんですが、唯一残念なのはそのスポーツバーの様子が日本のニュースで流され、私も顔を晒してしまった事です。メールで知ったんですがね。引きの映像だとしても、腕章も付けず、何の説明もなく、勝手に撮って勝手に放映するって、日本には肖像権がないのかな?と思いました。

      で、ちょっと調べたら、やはり肖像権というのは国内法でその権利について明文化されておらず、かなりぼんやりしているらしい事が分かりました。その解釈も「報道のためであれば、公共の福祉が優先され、肖像権としての権利は比較的に小さいとされています。」というメディア側の言い分が採用されている。だから隠し撮りをしてもメディア側が「公共の為」と言い張れば良いわけです。

      しかしアメリカは訴訟の国なのでそういう適当な事はまかり通らない。特に子供の顔が出る場合はかなりキチンと対応しないといけません。LAの小学校でワークショップした時は新聞やテレビクルーが取材に来ましたが、事前に学校側と協議をして、全員の保護者から撮影許可のサインをもらっていました。私も含めての全員です。そうでないと取材出来ないのだそう。それで結構時間が掛かって面倒だったのですが、ま、当然といえば当然でしょう。プライバシーは守られて然るべきです。

      肖像権には映像だけでなく、写真にも大きく関わってきます。何気ないストリートスナップを撮って、それを作品として発表する場合にも大きな問題を含んでいます。例えば上の写真ではどこまで許諾を得るべきでしょうか。その辺は実にさじ加減だそうですが、この場合はこちらを向いている人でしょうね。あとは顔を認識できないくらいなのでOKだと思います。当然顔が写っている人には確認をしました。こんな個人的なブログだとしても、それくらいは気をつけるべきでしょう。ところがマスメディアは何でもありで、顔が出ようが何だろうがおかまいなしです。実際今回の件は私を見た、という人からメールをもらって初めて知ったわけですから、顔が認識できるくらいに映っていたという事でしょう。会場では所狭しと人が溢れ返っていましたが、マスメディアは大きいカメラを振り回して邪魔で仕様がなかったのは思えています。しかし皆試合に集中していたし、腕章もなかったので、地元の局なのか日本の局なのか、何の目的なのか、あの場で理解していた人は恐らく皆無でしょう。

      確かに、例えば渋谷のスクランブル交差点を撮った時、全員のサインをもらう事は実質無理でしょうが、それでも撮る側の心構え、意識として気をつけるべきです。自戒も込めてアンリ・カルティエ=ブレッソンの言葉を紹介しておきます。「表現の自由だから」で逃げる前に、キモに命じておくべきです。

      「人の写真を撮るのは恐ろしいことでもある。なにかしらの形で相手を侵害することになる。だから心遣いを欠いては、粗野なものになりかねない。」ーアンリ・カルティエ=ブレッソン

      法的に問題ないはずだから何をやっても良い、という日本のメディアもこの言葉の意味を良く考えた方が良いです。自らの品性が底辺まで失墜していると認識してほしい。もはやそこにはモラルが存在していません。

      ちょうどアンリ・カルティエ=ブレッソンの展覧会がMOMA開催されていますが、どれも素晴らしい写真ばかり。何が素晴らしいかというと被写体とカメラの間にある信頼関係が、です。なぜ、その場所に、そのタイミングで、その人に、シャッターを切れるんですか〜?と聞きたくなるくらい。久しぶりに35mmのフィルムカメラを持ち出したくなりました。

      さて、パラグアイ戦がもうすぐです。かなりシビアな戦いになると思いますが、もう一回勝ったら最高だなぁ。毎回毎回この時期は欧米の友達と話したくありませんでしたが、いまは「あれ、キミら次の試合いつ?」とイジワルも言える!何と言ってもフランス・イタリア・イギリスが既に消えてますからね。そんな中でどう闘ってくれるのか!?

      とにかく98年の初出場から12年。あの時はフランスまでW杯を観に行きましたが、あれからの12年間、日本代表と私はどれだけ成長してきたのか!?

      もちろん今回はカメラが無断でまわってない所で観戦します。ニッポン〜!!!


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        コンゴの今後

        、、などとふざけてる場合ではないのである。

        コンゴのレアメタルをめぐる争奪戦は今も終わっていない。部族間紛争という名目でカモフラージュした鉱物資源利権戦争。関わったアフリカ内の国は8つ以上あるが、そのバックには当然大国がついている。そして、この時代にジェノサイドが起きていたという事実。

        などという事は常識だと思っていたが、何と日本てはほとんど報道されていないそうである。むしろその事に驚愕を隠せない。例えばアフリカの土地という土地を中国が買い漁っているなんてニュースも入っていないのだろうか。奇怪な程、偏向で内向的な性格を持つ日本のマスメディアである。

        2009年1月にはコンゴの反政府勢力 「人民防衛国民会議(CNDP)」のヌクンダ将軍がルワンダ領内で逮捕され、一応の鎮静化が期待されているが、いつの間にか戦争難民になってしまった一般市民は食料を求めて彷徨い続けている。そんな事言われてもピンとこないし、そもそもアフリカなんて遠すぎて興味も湧かないだろうか。

        しかしコンゴは遠い国ではない。もし携帯電話を持っている人がいたら、もし金の時計を持っている人がいたら、ダイヤの指輪を持っている人がいたら、もしかしたらあなたは知らない内にコンゴの内戦に加担していたのかもしれないのだ。

        というわけで、友人KがとあるプロジェクトでDMをつくったので紹介しておきたい。是非一読を。(画像はそのDM)




        ↓↓↓
        以下、本文コピーとリンク。

        【携帯電話を持っている人に知っていて欲しい真実】

        遠い国コンゴと私たちの深い関係。
        私にとってコンゴはただの遠いアフリカの国。
        この話を聞くまでは特に興味も有りませんでした。

        1998年にコンゴで起きた世界最悪の紛争の死者数は約540万人。
        (一日に1000人以上もの人が死んで行く計算になります。)
        その紛争の原因の1つが、私達が毎日使っている携帯電話に
        使われる鉱物資源の奪い合いだそうです。

        私たちが知らないで使っている携帯の裏で、
        遠いと思っていた国、コンゴの人々が苦しんでいます。
        この事実は日本ではほとんどメディアに取り上げられる事がありません。

        この真実をより多くの人に知ってもらいたい、
        広めてもらいたいという思いから、
        コンゴの医療支援キャンペーンとして、このDMを制作しました。
        6/19(土)には折込み広告として配布しましたので、
        お家にこのコンゴからの手紙が届いた人もいるかもしれません。


        プロジェクトのページ:CONGO PHONE

        元記事のブログ:http://apps.62kao.com/blog/



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          会社と作品はどう違うのか。

          −ひとつのプロジェクトを立ち上げると、それをかたちにするまでには時間がかかる。同時にいくつものプロジェクトを平行していると、今どの箇所を進めているのか分からなくなる。予想していた着地点に到達する事はむしろ稀で、多くは表に出る前に水没するー

          ちょうど一年半前くらいに、知り合いから一つのプロジェクトに参加してくれないか、と誘われた。それはアートとは一見関係なかったのだが面白そうだったので手伝う事にした。何でもお茶を売る会社だという。お茶と言っても茶葉ではなく、それをパウダー状にしたものだ。ゴミも少ないし手軽。ペットボドルだと何週間も前に煎れたお茶を飲む事になるが、これならフレッシュでヘルシー。いかにもアメリカ向けの商品である。

          かくしてプロジェクトは会社を立ち上げる所からはじまった。



          資金を集め会社組織にする。会社名を登記、株を発行する。パッケージをデザインして、元になる材料を輸入し、商品をつくる。それを登録標章させる。そこから販路を開拓。営業を展開させる。

          そういった世界を全く知らない素人の私にとって、その流れはとても新鮮だった。スタッフ全員がメインの仕事を別に持っていながらのセカンドワークで、しかもNYにいたりLAにいたり、フロリダにいたりする。それでもナンダカンダ言いながら力強く進めていく。これがビジネスってやつか。



          はっきり言って私に出来る事はほとんど無いと思ったし、何故に声を掛けられたのか良く分からなかったのだが、結構意見を求められる。一応ビジュアル面に絡む事になっているので、パッケージのデザインに口を出したり、商品のイメージショットなんかを撮っていく。要するにロゴ書きから撮影までの何でも屋。あとキャンペーンイベントなんかのアイディア出しもする。



          好き勝手に意見を言える立場だが、とはいえ会議では絶対負ける。広告代理店でバリバリやってるようなキャリアウーマンにディベートに勝てるわけなし。。そもそも早口すぎて英語理解できず。。そういうのも経験かと思う。そういう時はスケッチを書いてみせる。絵の方が話が早い。何か原始人みたいな気持ちだ。



          そうこうしている内に一年が過ぎ、ようやく商品がスーパーマーケットに並ぶ所までこぎつけた。とりあえずNYとLAでの展開を目指している。皆メイン仕事が忙しいのでさすがにペースは遅かったが、時にはねじ込むくらいの強引さで進めてきた。そういうのも含めて、全て勉強であった。





          で、思った事がある。

          そもそもこのプロジェクトに参加しようと思った理由のひとつに、社会の流れをみたかったというのがあった。普段スーパーで買う何気ない商品がどこから運ばれてどのように売られているのか、当たり前のようでいて見えない流れを知りたかった。同じような商品が高級スーパーでは2倍くらいする。なぜ?納得いかない。家賃や人件費を差し引いたって、そんな事になるのかな、と思っていた。例えばたくさんの水のペットボトルがなぜこの順番で棚にに並んでいるのか、身を以て体験したかったのだ。



          というのも最近アートに対する考え方が少し広くなってきているのを感じていて、そもそもアートとオブジェクト(物体)と直接関係していないのではないか、と思いはじめたのだ。つまり作品という物体はただ単に行為の結果が視覚化されたものに過ぎず、むしろ過程そのものに意味があるなら、それを簡潔に見せるべきなのかもしれない、という事だ。言うまでもなく、確かににプロジェクト系のアートやインスタレーション作品、コンセプチャルな作品はそう言ったプロセスや行為、概念そのものに意味があるわけだが、例え私のように平面であっても、過程にフォーカスしていく方法があるのかもしれない。つまり言葉が視覚化していく過程をみせるのである。

          更にアートは、今まで価値が与えられて来なかった事象に光を当て、価値を創造する事に意味がある。簡単にいうとゴミを金に換える作業がアートである。実際にジャンクアートなんてジャンルもあるくらいだし、むしろアートの歴史から言えば王道とも言えるが、私の場合はただ文字を書いてるだけ、たったそれだけの事に価値を与えなければいけない。文字なんか誰でも書ける。しかしそれを圧倒的に美しく昇華させていかなければならない。その為には、出来上がるまでの過程の中にいくつかの魔法を入れる必要がある。そしてその魔法のレシピをまだ私は知らない。



          そう考えていくと、ただの物体をブランディングして新しい価値を与え、それを販売し対価を得るまで持って行く作業は、実はアートなんじゃないかと思った。会社というのはひとつの作品なんじゃないか、と思ったのだ。何も絵画や彫刻だけがアートじゃない。その過程で生み出してきた魔法がアートなのだ。タイトルの「会社と作品はどう違うのか。」とはそういう意味である。

          アイディアを練って、スケッチやドローイングでイメージを固めていき、試行錯誤しながら完成に向うプロセスと、商品を開発すべく少しずつ会議でコンセプトを確立させていき、商品化に向かっていくプロセスは一体どこが違うというのだろう。例えばアップルなんて会社はアートプロジェクトそのものじゃないか。iPhoneなんか単なる電話のはずだが、もはや携帯電話の一機種などではなく、iPhoneというカテゴリーにすらなっている。完全に価値を創造していると言えるだろう。

          ただ、その先に進むべきベクトルは正反対で、アートの場合は需要を先に考えない。多くの人に認められる必要はなく、むしろ世界中にたった一人熱狂的に歓迎してくれる人がいてくれれば意味を成す。どうせ殆どのジャンル・メディアにおいてアートは一点モノだ。二人欲しい人がいたとしてもどうにもならない。ただ一点をつくる為だけに多くの時間を費やし、それが完成した後の事はあまり考えていない人が多い。これをプロダクトアウトというらしい。つまり作品ありきでスタートさせる方法だ。一方商品の場合は多くの人に賛同してもらわないと成立しない。だから需要に沿った形で展開される。マーケットインという考え方らしい。でも実際には、いろんな仕掛けで需要を掘り起こし、いかにも世の中には必要なものですよ、良いものですよ、というような文句で売っているのだから、やはり魔法だと思う。さもなくばペテンだ。

          つまり、殆どのブランド商品やアート作品は、魔法かペテンのどちらかという事になる。そしてその後は観る人の目利きにかかってくる。どれが一流でどれが二流か三流か。問題があるとすれば、それを分からない人が多すぎる点だ。だから教育は重要なのだと思う。それに尽きる。

          お茶の会社:
          Matcha Matcha

          NYで売っている所:
          Gourmet Garage

          というような話を熱くマーケティング会社で働く友人に語っていたら「お前の話にはいつも数字が出てこない。それではビジネスマン失格だ」と笑われた。そりゃそうだw


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            そういや先々週は誕生日でした。

            もう5月も終わりですね。何と今年の4割はもう既に消化してるとの事。
            時間が無さ過ぎて恐ろしくなります。最近twitterに押し流されてブログが更新できていないのですが、周りにもそういう人多し。やはりブログというプラットフォームが現代のスピードについていってないのだと思います。戯れ言はツイッターで充分だし、きちんとしたアーカイブはウェブサイトできっちり残していく事が必要なので、そろそろ環境を整理して再構築していかねば。。

            で5月10日に誕生日だったのですが、普通に次のプロジェクトのミーティングとかしてました。計算してみると生まれてから12054日も過ぎてるのに何も出来ていないので焦ります。しかし祝い事は祝い事ですので有り難くお祝いされました。

            花。



            のような、



            フルーツ。とチョコ。

            ま、健康でここまで来れたし、mailやTwitterやFacebookやMixiに来たメッセージを返すのに2時間以上かかったのは幸せな証拠だという事でしょう。

            というわけで33歳になりましたが皆さんこれからも宜しく!


            そうそう、

            前回の漢字の答えはこれです。



            お母さんが子供を抱えて授乳している時の姿ですね。
            左側上部の「爪」は手の指を開いている時のかたち、「孔」は子供の姿で、よく赤ちゃんをシャンプ−するときに仰向けに寝かせるじゃないですか、そのかたちです。
            というわけで「乳」は「やしなう」という意味もあります。


            さて、自分の誕生日プレゼントにiMac買うかチャリ買うか未だに考え中。。

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              なぜなぜ

              古くから言われている事ですが、、

              なぜ、



              トイレ(大)では、



              こんなにも集中して本が読めるのだろう。


              1:限定された比較的小さい密室なので視界がジャマされないから。
              2:時間が限定だという事を無意識的に意識しているので集中出来る。
              3:むしろ下半身は頑張って作業中なのだが、いかんせん手持ち無沙汰なので。
              4:生理的にスッキリ中なので自然と脳からアルファ波が出ている。
              5:そう思うのは単なる思い込み、摺り込み。

              おまけ:「お父さんー早くでてよー!」と言われるまでの唯一の自由時間だから。


              というような事をトイレの中で考えていた月曜の朝。食事中の人スマン。


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                チャリほすぃ。



                いきなりですが、いままで自転車を一回も盗まれた事ないって人います!?
                チャリってのはどこでもよく盗まれるもんですよね。もうこれはチェーン付けてようが何を付けてようが防犯には限界があるんだと思います。

                だから良いものは要らないなぁ。例えば一年に一回盗まれるとして、$300で買ったら月25ドルか。うん、費用対効果で考えたらそれでも意味があるな。というわけで良い中古を物色中。

                で、また盗まれてそれが一週間後にフリマで並んでたりするんだよね。。

                俺「あ、そのチャリ!」
                フリマの人「良いでしょ?安くしとくよ!」
                俺「つーか俺んだし!」
                フリマの人「言いがかりはやめてくれよ!売ってやんねーよ!」
                俺「クソっ。で、いくらよ?」
                フリマの人「○○ドル」
                俺「最初に買った時より高いじゃねーか!」

                みたいな。いや、これ結構あるある話だと思いますww

                だったら駅とか公園に、駐輪場とレンタルチャリが一緒になったシステムとか作れば良いのに。会員制で駐輪場ならどこでも乗り捨てられるシステム。都市の形態によっては有効に機能すると思います。日本のチャリ事情だと不法投棄や駅前の路上駐車が問題になってるし、その割には駐輪場が少なかったりする。ビジネスモデルとしては厳しいかもしれないけど税金だったら難しい話じゃない。利潤を追求出来なくても生活利便性が上がるプロジェクトにこそ税金を投入すべきでしょ。

                趣味で乗るチャリはいろいろカスタムもして楽しむものだし、大切に乗ればいいけど、下駄的なチャリは利便性が一番。カーシェアリングという考え方があるわけだからバイクシェアリングもあって良いと思う。どこかの町はもうシステム化してたりするのかな!?

                ちなみにアメリカではそのcar sharingの考えた方を運営している所にZIP CARというものがあります。こちらは民間の会社ですが、都市部に住んでる人や車を持ってない人には超便利。レンタカーのもっとシンプルなバージョンですが、ネットで予約して会員パスを最寄りのカープールに置いてある車にピッとかざしたら終了。Suicaみたいなもんですね。あとは使い終わったら同じ所に置いとくだけ。営業所に行く必要もないし、ガソリン代も保険も値段に組み込まれてるので手続きもなし。一時間単位でも借りられるからタクシーを自分で運転する感じ!?

                ZIP CAR
                http://www.zipcar.com/


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                  それにしてもiPadはいるか!?


                  いつもの新製品登場の時のようにアップルストアではエラい行列をつくっていたiPad。店の前が通りにくいったらありゃしない。何でも予想外の売れ行きの為に生産が追いつかず日本では一ヶ月販売を延期するらしい。ま、いつもの通りのマーケティングでばっちり予想通りっぽいけど。。

                  でもやっぱり気になるので、どうなんやろ!?と思って検索してたら簡単に触ってる感じを味わえるバーチャルなものを発見。あくまで雰囲気だけですけど。

                  iPad peek
                  http://ipadpeek.com/

                  さて、これ要るのかなぁ。と思ってる人はとりあえずこれででブラウズ気分を試してみましょう。検索バーの所で何か打ち込めば何となくそんな画面になります。

                  個人的な使い方としてはスペック/大きさ共に中途半端すぎるけど、これはソフト戦略次第て事なんだろう。しかし、もし出張をこれで全部済ませられたら荷物的に凄い楽になるのは確か。あとマンガを電子化してくれたら嬉しすぎるなぁ。でも日本は電子書籍が進んでないし、権利的にいろいろと抵抗がありそう。権利とか利権とかを持っている所は変化や新しい事を一番嫌うからねぇ。。



                  iPad
                  http://www.apple.com/ipad/

                  そんな事より先にメインのMacが遅すぎるのを一刻も早く何とかしないといけない。愛機はちょっとフォトショップとか立ち上げたらもう悲鳴あげて「ウーン、ウーン」と熱にうなされるくらい非常にセンシティブな奴なのだ。メンテナンスでいろいろエサあげてるんだから、もうちっと働けよ、と。もらうばっかりで返さないのは生き物としてダメだぞ、と。

                  とは言えもう寿命かなー。過去にデータを全部破壊してしまった苦すぎる経験がある手前、今回はご臨終でチーンする前に手を打たなければと思う。緊急手術のデータサルベージを頼むと新品以上にお金がかかるからねぇ。人間だってICU入ったら、出て来た後の請求書見た途端、血の気が引いてもう一回倒れたなんてシャレにもならん事があるわけで。どちらも健康第一。しかしパソコンの前で作業すればする程不健康にになっていくという矛盾はどうにも説明がつかないww

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                    NY戻りました。やっぱまだ寒いなー。春遠し。

                    雑談ですが、数字の「8」が末広がりとか縁起が良いとか、そんな事は日本人なら説明しなくても何となく理解できますよね。でもそれがラッキーナンバーだという事を当然ながら外国人は知らない。私の場合は名字にある数字だし、名刺やら携帯やらパソコンやら、いたる所に「8」と書いてあったり、8シールを貼っているので聞かれる事も多いわけです。

                    「なぜに8?」

                    今日も飛行時の中でパソコン仕事をしていたら隣に座ってたアメリカ人に聞かれました。素朴な疑問だと思います。で、説明はするんですが、真面目に説明していると「なんで俺、こんなどうでも良い事を必死になって喋ってるんだろう?」ていう気分になってきます。

                    どうでも良い事に対していかに真剣になれるか。冷静に自分を見つめれば見つめる程、くすって笑えてきます。そんな事ってありませんか?

                    When it comes to the number 8, the Japanese culture calls it lucky because of the shape of the Kanji. This is what the Kanji letter for the number 8 looks like.

                    When you observe it, you should see that the two strokes are wider at the bottom. This suggests a better time or better things to come in the future!

                    日本の数字におけるイメージにはほとんど意味がありません。「4」が何となく「死」とか、反対に「44」は「幸せ」とか、語呂合わせのようなレベルです。だから「8」にも西欧における「13」のような宗教的意味合いは無いわけですが、数字というただ単純に序列を決める為のものに新しい意味やそれ以上の意味を付けたがる風習はどこの文化圏にも見られます。

                    多分世界中のラッキーナンバーを集めたらだいたいの数字はラッキーになるだろうから、そうしたら皆ハッピーになるんじゃないかと思う。どの月、どの日にちでも大安的なラッキーハッピーなカレンダーとか誰かつくらんかな。適当だけど、例えば「10月26日の10と26はコンゴとトルコでは大吉祥の数字です。今日のあなたの運勢は最高です!」みたいな。毎日大吉って事にしたら少しは閉塞感も減るかもしれない。ま、逆もまた然りなんですが。。むしろどの日もアンラッキーな呪いカレンダーの方が興味湧くなww

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