書家の写真2 ∞ 八戸香太郎

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会社と作品はどう違うのか。

−ひとつのプロジェクトを立ち上げると、それをかたちにするまでには時間がかかる。同時にいくつものプロジェクトを平行していると、今どの箇所を進めているのか分からなくなる。予想していた着地点に到達する事はむしろ稀で、多くは表に出る前に水没するー

ちょうど一年半前くらいに、知り合いから一つのプロジェクトに参加してくれないか、と誘われた。それはアートとは一見関係なかったのだが面白そうだったので手伝う事にした。何でもお茶を売る会社だという。お茶と言っても茶葉ではなく、それをパウダー状にしたものだ。ゴミも少ないし手軽。ペットボドルだと何週間も前に煎れたお茶を飲む事になるが、これならフレッシュでヘルシー。いかにもアメリカ向けの商品である。

かくしてプロジェクトは会社を立ち上げる所からはじまった。



資金を集め会社組織にする。会社名を登記、株を発行する。パッケージをデザインして、元になる材料を輸入し、商品をつくる。それを登録標章させる。そこから販路を開拓。営業を展開させる。

そういった世界を全く知らない素人の私にとって、その流れはとても新鮮だった。スタッフ全員がメインの仕事を別に持っていながらのセカンドワークで、しかもNYにいたりLAにいたり、フロリダにいたりする。それでもナンダカンダ言いながら力強く進めていく。これがビジネスってやつか。



はっきり言って私に出来る事はほとんど無いと思ったし、何故に声を掛けられたのか良く分からなかったのだが、結構意見を求められる。一応ビジュアル面に絡む事になっているので、パッケージのデザインに口を出したり、商品のイメージショットなんかを撮っていく。要するにロゴ書きから撮影までの何でも屋。あとキャンペーンイベントなんかのアイディア出しもする。



好き勝手に意見を言える立場だが、とはいえ会議では絶対負ける。広告代理店でバリバリやってるようなキャリアウーマンにディベートに勝てるわけなし。。そもそも早口すぎて英語理解できず。。そういうのも経験かと思う。そういう時はスケッチを書いてみせる。絵の方が話が早い。何か原始人みたいな気持ちだ。



そうこうしている内に一年が過ぎ、ようやく商品がスーパーマーケットに並ぶ所までこぎつけた。とりあえずNYとLAでの展開を目指している。皆メイン仕事が忙しいのでさすがにペースは遅かったが、時にはねじ込むくらいの強引さで進めてきた。そういうのも含めて、全て勉強であった。





で、思った事がある。

そもそもこのプロジェクトに参加しようと思った理由のひとつに、社会の流れをみたかったというのがあった。普段スーパーで買う何気ない商品がどこから運ばれてどのように売られているのか、当たり前のようでいて見えない流れを知りたかった。同じような商品が高級スーパーでは2倍くらいする。なぜ?納得いかない。家賃や人件費を差し引いたって、そんな事になるのかな、と思っていた。例えばたくさんの水のペットボトルがなぜこの順番で棚にに並んでいるのか、身を以て体験したかったのだ。



というのも最近アートに対する考え方が少し広くなってきているのを感じていて、そもそもアートとオブジェクト(物体)と直接関係していないのではないか、と思いはじめたのだ。つまり作品という物体はただ単に行為の結果が視覚化されたものに過ぎず、むしろ過程そのものに意味があるなら、それを簡潔に見せるべきなのかもしれない、という事だ。言うまでもなく、確かににプロジェクト系のアートやインスタレーション作品、コンセプチャルな作品はそう言ったプロセスや行為、概念そのものに意味があるわけだが、例え私のように平面であっても、過程にフォーカスしていく方法があるのかもしれない。つまり言葉が視覚化していく過程をみせるのである。

更にアートは、今まで価値が与えられて来なかった事象に光を当て、価値を創造する事に意味がある。簡単にいうとゴミを金に換える作業がアートである。実際にジャンクアートなんてジャンルもあるくらいだし、むしろアートの歴史から言えば王道とも言えるが、私の場合はただ文字を書いてるだけ、たったそれだけの事に価値を与えなければいけない。文字なんか誰でも書ける。しかしそれを圧倒的に美しく昇華させていかなければならない。その為には、出来上がるまでの過程の中にいくつかの魔法を入れる必要がある。そしてその魔法のレシピをまだ私は知らない。



そう考えていくと、ただの物体をブランディングして新しい価値を与え、それを販売し対価を得るまで持って行く作業は、実はアートなんじゃないかと思った。会社というのはひとつの作品なんじゃないか、と思ったのだ。何も絵画や彫刻だけがアートじゃない。その過程で生み出してきた魔法がアートなのだ。タイトルの「会社と作品はどう違うのか。」とはそういう意味である。

アイディアを練って、スケッチやドローイングでイメージを固めていき、試行錯誤しながら完成に向うプロセスと、商品を開発すべく少しずつ会議でコンセプトを確立させていき、商品化に向かっていくプロセスは一体どこが違うというのだろう。例えばアップルなんて会社はアートプロジェクトそのものじゃないか。iPhoneなんか単なる電話のはずだが、もはや携帯電話の一機種などではなく、iPhoneというカテゴリーにすらなっている。完全に価値を創造していると言えるだろう。

ただ、その先に進むべきベクトルは正反対で、アートの場合は需要を先に考えない。多くの人に認められる必要はなく、むしろ世界中にたった一人熱狂的に歓迎してくれる人がいてくれれば意味を成す。どうせ殆どのジャンル・メディアにおいてアートは一点モノだ。二人欲しい人がいたとしてもどうにもならない。ただ一点をつくる為だけに多くの時間を費やし、それが完成した後の事はあまり考えていない人が多い。これをプロダクトアウトというらしい。つまり作品ありきでスタートさせる方法だ。一方商品の場合は多くの人に賛同してもらわないと成立しない。だから需要に沿った形で展開される。マーケットインという考え方らしい。でも実際には、いろんな仕掛けで需要を掘り起こし、いかにも世の中には必要なものですよ、良いものですよ、というような文句で売っているのだから、やはり魔法だと思う。さもなくばペテンだ。

つまり、殆どのブランド商品やアート作品は、魔法かペテンのどちらかという事になる。そしてその後は観る人の目利きにかかってくる。どれが一流でどれが二流か三流か。問題があるとすれば、それを分からない人が多すぎる点だ。だから教育は重要なのだと思う。それに尽きる。

お茶の会社:
Matcha Matcha

NYで売っている所:
Gourmet Garage

というような話を熱くマーケティング会社で働く友人に語っていたら「お前の話にはいつも数字が出てこない。それではビジネスマン失格だ」と笑われた。そりゃそうだw


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