書家の写真2 ∞ 八戸香太郎

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線トレー常に線を鍛えておく




スポーツ選手が筋トレするように、私の場合は常に線を鍛えておかないといけない。
しかし、だからといってそれをしたから作品が良くなるわけでもない。作品の出来不出来と線トレは全くといって良い程関係ない。職人の技術とは目指す所が違う。筋肉隆々の選手が必ずしも良いプレーが出来るわけではないのと同じ理屈だ。ビルダーにはビルダーの、短距離には短距離の、野球には野球の筋肉がある。筋繊維をつける場所も違えば質も違う。目的が違うから当然である。



そういえば先日10年連続200安打!!の偉業を達成したイチローはインタビューで、筋トレはしないのか、という質問に対し「無駄な筋肉は邪魔になるだけ」と答えていた。とはいえ、イチローが痩せているかといえば無論そうではない。しなやかな筋肉の鎧がついている。怪我をしない筋肉、柔らかい筋肉、弾力のある筋肉。要は自分のパフォーマンスに適したものを自覚しているという事だろう。



頂上が明確に見えているからそこに向けて努力できる。目指すべきゴールのイメージがはっきりしているからこそ、逆算的に自分の足りないものを自覚出来るのだ。あてずっぽうな努力は意味がない。というか効率が悪い。しかしそれを分かるためにはただただ無鉄砲に努力する時間が必要だ。そこがスタートラインになるからである。



そういう意味では闇雲な努力が必要な時期もあるだろう。しかし勢いだけでは頂上に辿り着けない。それが現実だ。標高500mの小山だったら登れるかもしれないが、エベレストは確実に無理だろう。登頂する為には、充分なトレーニングに必要な装備、シュミレーション、サポートスタッフ、スポンサーなど様々な準備がいる。全くアートも同じである。



だから今は山を登る為の準備をあらゆる方向からしていかないとダメだ。地図は持っているか、その地図は最新か、登山の知識は充分か、パーティは組めているか、ガイドは雇ったか、高山病対策は充分か、体調はどうか、体力はあるか。気合いは充実しているか。今はまだ一合目にも辿り着いていない。



それ以前に、自分の登るべき山の頂がいったい標高何メートルなのかも分かりはしない。一生辿り着けないかもしれない暗闇の山。恐らく吹雪いているだろう。ビビる。ただし、登らないという選択肢はどうやら無いようだ。だから安心できる用意を周到にして、ゆっくり一歩づつ進む。

トレーニングとは目的ではなくて、自分を少しだけ安心させてくれるものなのかもしれない。経験は安心になり、結果が出やすくなる。結果がひとつ出ると自信に繋がる。自信がつくとまた次の目標に向かいやすくなる。それぐらいの事だ。江戸の侍だって一生に一回使うか使わないか、いや使わない人の方が多かったであろう、刀を研いでいた。錆びてしまった刀は鞘から抜く事すら出来ないからだ。だからせめて研いでおく。いつか抜くかもしれないその日まで。。


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